つきすみわたる世

日々の記録

2022年6月に読んだ本

サラ・ウォーターズ『半身』

主人公のマーガレットは鬱屈した生活を送る貴婦人。慰問のため訪れた監獄で、霊媒師だという囚人シライナと出会う。慰問を繰り返すうち、マーガレットはシライナに魅了されていくが……。

主にマーガレットの日記という形式を取っているため自分まで一緒にシライナに魅せられていってしまい、ラストで大きな衝撃を受けました。息を呑んで展開を見守っていただけにショックでしたね。やられた!の感覚を味わえて楽しかったです。

舞台はヴィクトリア朝のイギリス。メインの語り手であるマーガレットは抑圧を感じて生きているので、全体的に重苦しい雰囲気の小説です。慕っていた父は亡くなり、想いを寄せていた女性は弟の妻になり、窮屈な家庭で母と過ごす日々。さらに慰問先は不気味な監獄なので、明るさにはかなり欠けます。元気で時間があるときに一気読みするのがいいかな。

津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』

日本のありふれた大学生が主人公という、私が読むにしては珍しい設定の小説。これがまた良かった。ノイズのない読みやすい語り口で、主人公の日常とその裏に見え隠れする悲しみや愛情が描かれます。性暴力を受けた過去を持つ人物が登場しますが、その経緯を語る主人公の心情が非常に優しく心強く、私も励まされました。読んで良かった。これがデビュー作ってすごい。

加賀野井秀一『猟奇博物館へようこそ 西洋近代知の暗部をめぐる旅』

「見る」ことの奥底に潜む欲望とは。"猟奇的"な絵画、蝋人形、解剖標本などが次々に出てきては、科学や知の名の下に人の内側(文字通りの内側)を暴く行為、その源泉に私たちを誘っていきます。図版は白黒で量もそこそこですが、中にはけっこう衝撃的なものもあるので注意。死臭や薬品の香りがする本です。あまり触れてこなかったジャンルなだけに興味深く読みました。

アリス・マンロー『小説のように』

初めて読む作家の短編集。解説いわく、「厄介なことを抱えながらもそれぞれの人生を懸命に生きる人々の姿を余計な感傷や思い入れを排してリアルに描き出す」。ツイートした通り『子供の遊び』という一篇にとりわけ心を揺さぶられましたが、なによりも最後の『あまりに幸せ』が素晴らしく、いい読後感でした。各話のタイトルも原文、邦訳ともに好きです。

山田昌弘『結婚不要社会』

あっさり読んでしまったこともあり、記憶が曖昧です。人々の経済事情は変わったけれど結婚への感覚は変わっていない(うろ覚え)こと、社会にとっての結婚と個人にとっての結婚の食い違いなど、面白く読めた部分もありました。

トマス・ハリス羊たちの沈黙

いったい何がいけなかったのか、読んでも目がすべるばかりでかなり最初のほうで脱落しました。FBIという男性社会でのクラリスの居心地の悪さや苦労を偲ばせる描写のせいか……ネタバレを見てひゃーと思って終わりました。いつか読めるかな。

室城秀之訳注『落窪物語

ふと古典を読みたくなって本棚を探ってみたら、奥からいつ買ったか思い出せない『落窪物語』が出てきました。継母にひどく当たられている姫君を左大臣の息子の道頼が見初め、継母一家への復讐を果たしながら幸せになるお話。コミカルで生き生きとした人物の描写が多く、かなり読みやすかったです。

一方で道頼が画策する継母への復讐がなかなかで驚きました。無理やり牛車をどかさせて石を投げたり、お寺の部屋を奪ったり、召使に悪口を言いに行かせたり、召使たちを煽って蹴らせたり、自分の妹と結婚させることで継母の三女の夫を奪ったり、継母の四女との縁談が持ち上がったとき、自分と偽って間抜けな替え玉と結婚させたり。平安時代の貴族、思ってたより野蛮。一通り仕返しが終わったら今度はひたすら尽くして仲良くなります。

私が特に好きなのは物語の前半で活躍する姫君の侍女あこきです。幼いときから姫君に仕え、道頼が姫君にアプローチをかけたときには姫君の幸せのために尽力します。道頼が屋敷に泊まったときにも張り切ってお世話していて、姫君が幸せになれたのはまずこのあこきがいたからです。あこきは亡くなった姫君の母から、姫君の助けになるようにという願いを込めて「後見」という名前をいただいています。名に恥じない立派な働きをするあこきが物語の第二の主人公と言っても過言ではありません。

史実・フィクション問わず、平安女性貴族の主従タッグといえば中宮定子と清少納言が浮かびますが、姫君とあこきも好きです。わがままを言うなら、あこきが姫君を深く慕う理由にもっと説得力がほしかったかも。

そしてもっとわがままを言うなら、姫君が道頼に引き取られた以降の展開でもたくさん登場してほしかった。出世したのはわかったけど寂しかった……。

東雅夫編『鏡花百物語集 文豪怪談傑作選・特別篇』

怪談会とは、参加者が集まって一人ずつ幽霊譚や不思議な体験を披露していく会のこと。大規模なものになると料亭を貸し切って廊下や部屋にしかけを作って、とノリノリで楽しんでいたようです。柳田國男芥川龍之介なども参加しており、当時いかに怖い話が流行っていたかがうかがえます。

記事の中で鏡花の様子も触れられていましたが、あまり積極的に話そうとせず聞き役にまわる辺りが奥ゆかしいです。鏡花のイメージぴったり。ますます親しみが湧きました。

エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』

友人がツイートしていたのを見て気になっていた一冊。初めに収められている表題作からしてグロテスクでエロティックですが、けっして煽情的でない語りのおかげですらすら読み進められました。こういうのが好きそうな人が身近に何人か思い浮かびます。『庭園列車』の発想も面白かったです。

ちくま日本文学『泉鏡花

鏡花の文章って、どうしてこんなに読んでいて心地がいいのか……。