つきすみわたる世

日々の記録

2022年7月に読んだ本

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』

目を惹くのは伏線の見事さです。ある人物がしたことが思いがけない方向で別の人物の運命を動かしていく様は見ていてまったく飽きません。主人公のルドヴィカは30年間マンションの最上階に閉じこもって暮らしますが、彼女の行動が誰にも影響を与えないということはありませんでした。文章も読みやすくさくさく先へ進むことができます。

なお、やや詳細な性暴力の描写があるので注意が必要でした。

スティーヴン・キング『死の舞踏 恐怖についての10章』

ホラーは苦手だしキングの作品は一冊も読んだことがありません。でも読んじゃった。タイトルに惹かれてその勢いで読みました。ホラーの本質に迫る部分もあり面白かったです。

アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』

森で一人暮らすレーメットは、自らの過去を語り出す。その昔民族を守護した生き物サラマンドルに憧れた幼年時代、人の友や蛇の友と遊び明かした青春、森と隣り合いながらも異世界同然の村の暮らしに惹かれたり嫌悪したり。そして森からは一人また一人といなくなっていく。

敬愛され人と共存していた蛇、女好きで浮気性のクマたち、伝説を盲目的に信じる賢者など個性的な世界が繰り広げられます。なんといっても、古代の文化をわずかでも残している森での暮らしとキリスト教に目覚め文明化しようとしている村の暮らしとの対比が鮮やかです。物語の終盤、レーメットと仲良くなったり愛し合ったりした人や動物が次々退場していくのでなんとも悲しい気持ちになりました。

あまりネタバレをしたくないので多くは語れないのですが、誰か読んで感想を交換してほしい。

スーザン・グルーム『図説 英国王室の食卓史』

王様ってなにを食べているんだろう?そんな素朴な疑問を一気に解消してくれる本です。王族の人柄や時代の流れに影響される食事の歴史が見事に紐解かれています。食事の内容そのものだけでなく、宮殿で腕を振るった料理人たちの仕事ぶりや調理設備、食事にまつわる王族たちのエピソードなども盛り込まれていてとても面白かったです。お腹が空いているときに読むと大変なことになります。

E・H・シェパード『思い出のスケッチブック 『クマのプーさん』挿絵画家が描くヴィクトリア朝ロンドン』

 

嬉しいこと悲しいこと、楽しみなこと憂鬱なこと。そのすべてを心が全力で感じ取っていて、子供のころって感受性が豊かだったな……と、この本を読んで思い出しました。もうあの頃みたいなものの感じ方はできないなあ。
この本の魅力は挿絵にもあります。シェパード、恐ろしく絵が上手い。彼が見たもの、彼や彼の家族たちの姿が生き生きと再現されていて、文章と一緒に彼の幼年時代をありありと思い描かせてくれました。ヴィクトリア朝上流階級の生活を窺い知るにもいい本かもしれません。

ボエル・ヴェスティン『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』

ムーミンシリーズで知られる北欧の芸術家トーベ・ヤンソンの人生をたどった本。生まれたときから芸術に親しみ、最期まで愛したいものや人を愛し続けたトーベの一生が生き生きと書かれています。学校での生活と自分がしたいこととで葛藤した学生時代、ムーミントロールを描くことで心の平安を保った戦時中、ムーミンの成功と画家としてのアイデンティティの揺らぎに悩まされるその後の数十年。かなりの厚みで読み終わるのに時間がかかりましたが、濃厚で忘れられない読書になりました。

イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』

2021年8月6日、小田急線の車両内で刺傷事件を起こした男は女性に殺意を抱いていたと供述しました。このニュースを聞いた日から、私は日々過ごすことに(それまでよりもいっそう)危険を感じるようになりました。電車に乗っていたら殺されかけるかもしれない。女性で、幸せそうに見えたというただそれだけの理由で。それでも私は電車に乗らないといけませんでした。自分の日常をこなすために。

どこかで知らない女性が何かの被害に遭ったという知らせを聞く、ただそれだけで自分の身が脅かされはしないかと怯えてしまう。そういったことをまったく経験しない、そういう経験を何度も繰り返す女性がいると考えもしない、そんな男性たちもいる。そしてそんな男性たちから無邪気に、時には明らかな悪意でもって傷つけられる。どれもこれも私には馴染みがあります。ありすぎて泣けてきます。だからこの本を手に取りました。私はたった一人で苦しんでいるわけでもないし、何もできないわけではないと感じさせてくれるから。

この本を読むことで、女性嫌悪フェミニズムも国による違いはないのだと気がつきました。同じことが、違う場所で、時代を通じてずっと起こっているだけ。だから本を書き、それを読むことで連帯できるわけです。この本を読んだ私は、読む前よりも、”口を開いたフェミニスト”に一歩近づくことができました。