つきすみわたる世

日々の記録

2022年8月に読んだ本

宇野重規『民主主義とは何か』

それがすっかり当たり前かのように思っていた民主主義について、起源から未来の展望までが語られた本です。歴史上の変遷をたどって、私たちの時代、そして将来の民主主義はどんな形のものになるかが考察されます。コロナ禍の最中に書かれた本であること、民主主義の揺らぎを実感させる事件が起きた後であることなどが相まって、非常に身近な話題を扱った本として読むことができました。

 

キャシィ・ウィリス、キャロリン・フライ『キューガーデンの植物誌』

昨秋に東京都庭園美術館で開催されたキューガーデン展に訪れてから、植物園への興味が強くなりました。初めはボタニカルアートがなんとなく好きだなあという程度だったのが、今ではその活動内容にも関心があります。この本はその好奇心をたっぷり満たしてくれました。

後半の章では人間が植物と生態系に与える影響の深刻さが詳しく記述されており、環境問題は他人事ではないなと思わせられました。今すぐ役に立つ研究ができるわけでもないのですが、せめて当事者意識を持っていようと思います。

 

コンラート・ローレンツ『ソロモンの指環 動物行動学入門』

コクマルガラスたちの恋模様、夫婦それぞれ飼っていた犬たちの忠誠心の違い、飼うのに適した動物と適さない動物。動物たちに親しみ、観察や実験を繰り返し、何より彼らを愛した著者がユーモアたっぷりに動物の行動を語ります。文章はもちろんイラストが可愛らしく、楽しく読むことができました。

 

森茉莉『父と私 恋愛のようなもの』

お茉莉は上等、お茉莉は上等」

愛娘を膝にのせ、背中を優しく叩きながらそう繰り返す鴎外の姿がありありと目に浮かんできます。愛情と包容力ある父との思い出を振り返るエッセイ集は、微笑ましさと切なさの混じる温かいものでした。森茉莉の著作は初めて読みましたが、好きなタイプの文章だったので他の作品も読んでみます。

 

レベッカ・パクストン+リサ・ホワイティング編『哲学の女王たち もうひとつの思想史入門』

大学で受講した西洋哲学史の教員は女性でした。彼女は哲学を研究する上で女性差別に直面し、フェミニズムへの見方が変わったという話をしてくれました。哲学は男性のものであり女性にはできないという感覚はかなり古く、根深いようです。

夫やパートナーの陰に隠されてしまったり、男性優位社会によってその業績が無視されてきたり、ステレオタイプに落とし込まれて偏った評価しかされてこなかったり。今こそこの状況を変えるべきとして、この本ではそういった女性の哲学者たちを紹介しています。特に驚いたのは、「ソクラテスの問答法」をソクラテスに教えたのはディオティマという古代ギリシャの女性哲学者であることが考えられる、ということ。ディオティマは架空の人物だとの説もありますが、もしもこの人物が女性ではなく男性だったら、「ソクラテスの問答法」は本当に「ソクラテスの問答法」という名前だったのか……?と考えてしまいます。過去の哲学者への評価にも女性差別的な態度がないかと問うのも、この本の持つ大切な意義です。

昔も今も、見過ごされている才能がどれだけあるのか。そうした才能をしっかり光に当てるにはどうしたらいいか。『哲学の女王たち』はその答えに近づかせてくれます。

 

アビゲイル・タッカー『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』

なぜこんなにも世界はネコであふれているのか。歴史、生物行動学、遺伝学、インターネットに関する研究などなどを通して、著者が答えを探しに行きます。私たちとネコとの間にある深い関係性と驚くべき事実に、ネコの奥深さを強く感じました。

 

ジェイン・レズリー・コンリー『ほとばしる夏』

始まりは父がいなくなったこと。都会への引っ越しを決めた母にシャーナはなす術もなくついていきますが、居心地の悪さに夏の間は森の中の小屋で過ごすことになります。家族そろった暮らしを恋しく思いながらも両親の離別は進み、シャーナ自身も都会の学校に通うことで広がる可能性に魅力を感じるようになります。さらに、シャーナと弟のコーディーは森の中で森林管理官を名乗る老人に出会いますが、彼との交流が二人を大きく成長させることになるのでした。

初めて読んだときは、あまり馴染みのない森や川の描写、命懸けの川下りの迫力に胸が躍りました。今回読んでみたら、シャーナの都会の高校の選択肢の広さに惹かれる気持ちやシャーナの母の葛藤に胸が締めつけられるようでした。夢や可能性を選ぶなら、家族と過ごすときを諦めなければならない。今まであまり注目してこなかった父親の心情もなんとなく分かります。それにしたって黙っていなくなるのはあんまりだと思いますが……。

同じ本を繰り返し読むことの醍醐味は、自分の変化に気づけることです。漠然と日々を重ねているようでいて、私の感じ方や考え方、視野や着眼点はしっかり変わっていることを実感しました。経験はきちんと刻み込まれるということかもしれません。

 

エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』

間抜けなもの、奇妙なものはもちろんですが、いちばん強烈なのはやはり残酷なものでした。動物たちの扱いが時代によってこれほど変わるとは。知ってはいたけれど、こうして実例を次々紹介されると驚きます。猫は特に魔女との関わりがあるということで、残酷さを楽しむだけでは留まらない”遊び”の対象にされていました。もし猫に生まれ変わっても、中世ヨーロッパで暮らしたくはないです。

面白かったのは「ナイアガラの滝下り(樽に入ってナイアガラの滝を下る)」「電話ボックス詰め込み競争(電話ボックスや自動車に何人入れるか競う)」でした。

 

鹿島茂パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢』

直感で手に取ったら、思った以上に面白かったという当たりの一冊です。万博開催の裏で産業に対する宗教的な感覚が働いていたとは思わず、とても新鮮な気持ちで読めました。こんなに熱いドラマが繰り広げられていたとは。