つきすみわたる世

日々の記録

2023年3月に読んだ本

持田叙子『泉鏡花 百合と宝珠の文学史

 

作品に登場する指環から、果物から、花々から。独特の視点で捉えた女性同士の関係性や実はそこここにあふれるキリスト教の素養も。思いも寄らない視点から鏡花の作品を分析した論の数々は、今まで知らなかった鏡花の側面をたくさん教えてくれました。特に、現代ではいわゆる「百合」と呼ばれるような官能的なまでの女性同士の絡みを鏡花が描いていたのは驚きです。幼いときの思い出から、キリスト教的なエッセンスが作中に散りばめられているというのも新たな発見でした。すでに何度も読んだ作品であっても再び読み返したくなります。

 

近藤史恵『みかんとひよどり』

 

お話の主軸であるジビエ料理がなんとも美味しそう。夢を諦めなければならないときを覚悟しつつ、自分なりのやり方を模索する主人公のことはつい応援したくなります。そしてメインキャラの二人がそれぞれ飼っている犬たちがとても生き生きとしていました。作者さんはきっと愛犬家です。

嬉しかったのは、働くときもノーメイクで過ごし盗撮画像を集めたウェブサイトなどを通報することが趣味という女性キャラ、バイセクシュアルかつポリアモリーで今は三人の恋人がいるという女性キャラが登場したことです。こう書くといろんな要素がお話にてんこ盛りなようですが、物語の中心はあくまでも雇われシェフと猟師、そしてジビエ。ただ、少数派の人たちがさらっと出てきたところに作者の温かい眼差しを感じたのでした。

 

ダリア・セレンコ『女の子たちと公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき』

 

作者はロシア出身の詩人。彼女はまたフェミニストであり、反戦活動家でもあります。そのような人物が、国家による暴力や不正に振り回される若い女性たちの姿を実体験を織り交ぜながら書いた文章は一読に値しました。

 

ビクトリア・シェパード『妄想の世界史 10の奇想天外な話』

 

(前略)妄想とは、人々に自分をどう見てほしいか、どう扱ってほしいかを代弁しているからである。

 

この本は、単に歴史上のおかしな話を集めただけのものではありませんでした。現実と異なる誤った思い込み、妄想というのはどこから生まれてくるのか? それが意味しているものは何なのか? このような、私たちが妄想から読み取るべきものを丁寧に考察していく本です。終章まで読めば、史実の妄想が現代の人々や社会にも通ずるものを持っていることが納得できます。

 

トーベ・ヤンソン『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』

 

今までにトーベの短編集は二冊読んできました。その中で特に好きなのは『旅のスケッチ』所収の「ヴァイオリン」でしたが、本書を読んでお気に入りがさらに増えることに。カップルや親子、孤独な人を描くことで他人との関係性を浮き立たせるストーリーが多いほか、生まれ育ったフィンランドの四季や人気芸術家としての経験を織り込んだ話もあったのが面白かったです。

 

河上睦子『「人間とは食べるところのものである」ー「食の哲学」構想ー』

私たちの生活の基盤である「食」。新自由主義的・資本経済主義的でありまたコロナ禍が続いてもいる現代において、それが持つ意味とはいったいなんなのか? 19世紀の哲学者フォイエルバッハの言葉を鍵に考察していく本です。前半ではフォイエルバッハの思想を読み解き、後半では現代日本の持つ食の問題について哲学的に考えます。

問題について考えるといっても、その場ですぐに答えは出ません。ただ、フォイエルバッハにしても食という分野そのものにしても、改めて見つめ直すべき点が明示されたことに意味があると感じます。2023年を生きる私たちにとって、食とは果たしてなんでしょうか?

 

アンヌ・ダヴィス/ベルトラン・メヤ=スタブレ『フランス香水伝説物語 文化、歴史からファッションまで』

 

シャネル、ディオールジバンシーエルメスにサン=ローラン。目次に並ぶあまりにも有名な名前はすべて、伝説的な香水を世に送り出した人々のものです。この本は、選ばれた15の香水についてその誕生を語っています。

クチュリエールやクチュリエが香水の香り自体にこだわりを持つのは当然のことで、驚くのはいかにそれを商品として魅力的にするかという点。本の最初には、香水が売り出された当時のボトルや広告の写真資料が載っていますが、その壮麗さには目を奪われました。ボトルのコレクターがいるというのにも納得です(私はエルメス「カレーシュ」のボトルが特に好き)。ボトルとその包装、宣伝用のポスターに映像…いかに多様な創造性が香水の価値を高めているかが分かります。名だたる俳優やモデル、さらには王侯貴族まで、次々に紹介される香水の愛好者たちも錚々たる顔ぶれ。

華やかなファッションの空気を吸える、贅沢な読書体験となりました。

 

平野千果子『人種主義の歴史』

 

欧米ではアジア人として差別されるけれど、自国では近隣の国を差別する側になる。日本人の例をとっても、人種主義とそれに基づく差別の複雑性が垣間見えます。そもそも「人種」とは何か、フランス植民地史を専門とする筆者の文を追いかけていくと、それがいかに奥深いかがよく分かりました。

恐ろしかったのは、未踏の地を訪れた者がその地に住む人々を最初から自分たちに従属するものとして見ていた事実、学問が人種と人種で決まる優劣の存在の証明に利用されたことです。研究結果が偏見に沿わないものであった場合、数値を操作したという事例も紹介されていました。

けれども何より恐ろしいのは、人種主義と差別が再生産されていること。今では信じられないような歴史上の思想が、形を変えて私たちの感覚にしみこんでいることに注意が必要です。

 

セリア・リッテルトン『パルファム紀行 香りの源泉を求めて』

 

作るのは、セリア・リッテルトンという一人の人間を表すただひとつの香水。自分のための香水が、どんな原料で、どのように作られるかを見届けようと、筆者は二年間の旅に出ます。

感受性が強ければ強いほど、この本を読むとくらくらしてくるのではないでしょうか。そう思うほど、香りの描写も訪れた地とそこで出会う人々の描写も生き生きとしています。香料の歴史も語られるので、この本は時間も場所も超えた壮大な旅行記だといえます。思った以上にスケールの大きな一冊でした。