つきすみわたる世

日々の記録

2023年1月に読んだ本

ジョン・ブラッドショー『猫的感覚 動物行動学が教えるネコの心理』

[https://twitter.com/auk_eon_so/status/1609490989319868417:embed#ジョン・ブラッドショー『猫的感覚 動物行動学が教えるネコの心理』読み終わった。ネコのより良い

未来のために、人間はもっとネコを理解する必要がある。ネコの起源、人との関わり、ネコと飼い主、野生動物との関係性、そして未来の展望を探る。2… https://t.co/DRk9BfoOg8]

 

これからも、今までのようにネコが人気を保ち続けられるかはわからない。ネコと人のさらなる幸福な関係を目指し、ネコへの理解を深めるための論が展開されます。ネコの起源も、ネコが世界をどう認識するかも、ネコと飼い主との関わりも、まだまだ分からないことだらけ。それでもこの本一冊でネコの知識とこれからへの心構えを得ることができます。

 

山根明弘『ねこはすごい』

 

そう、ねこはすごい。その身体能力が、その生命力が、その癒しのパワーが。本書ではねこに秘められた力を様々な観点から解説し、人がねこに夢中になってきた歴史が語られます。身近な動物であるねこのことをきちんと知りたい、ねこと人との関係性を考えたいという場合には最適な一冊でした。

 

ピーター・P・マラ+クリス・サンテラ『ネコ・かわいい殺し屋 生態系への影響を科学する』

 

外で見かけるネコたちは、自由でのびのびとした自然な風景のひとつ……ではなく、人を含めた生物への脅威のひとつ。生態系への悪影響、感染症の媒介による人の健康への悪影響を徹底的に論じ、さらにその解決策と解決策が抱える欠陥にも踏み込んで話が進みます。一貫して問題は人間の行為と意識の持ちようにあるとして、ネコと人と自然のために何が最善かを探る大きな手掛かりを与えてくれる本でした。

3冊連続で猫に関わる本を読んできましたが、まず理解すべきは猫という動物の家畜としての特殊性ではないかと思います。人間との関わりにおいて猫が他の動物と違っている点を分かっていれば、猫にまつわる諸問題への理解度もより高まるのではないでしょうか。

いずれにしても、猫が人に与える心理的な影響が大きいがために、猫と環境の課題は解決するのが難しそうです。ただ、猫を取っかかりとして環境問題に興味を持つという流れは十分あり得そうだし、猫と環境の課題に一歩でも前進があれば、その他多くの課題にも光明が見えそうではあります。

まずは知るところから。猫の本をみんなで読みましょう。

 

森博嗣『赤目姫の潮解』

 

読みながら、いったいどうしたらこんな物語を書けるようになるんだろう?と思っていました。作者の脳内をのぞいてみたくなってしまいます。たぶんのぞいたところで理解できませんが。深く読み込んだ人の感想をじっくり聞きたいです。

 

大嶋義実『演奏家が語る音楽の哲学』

 

実は、アコースティックギターを弾けるようになりたい、という夢が私にはあります。また、美学や音楽の歴史にも興味があるので手に取ってみた本です。フルートを通して音楽に向き合い続け、その奥深い世界を垣間見た筆者の経験談はとても興味深く読めました。

 

メラニー・ジョイ『私たちはなぜ犬を愛し、豚を食べ、牛を身にまとうのか カーニズムとは何か』

 

ペットになる動物と家畜になる動物は何が違うのか。あるときから、漠然とこんな疑問を持つようになりました。本書を読もうと思ったのはその答えに近づけると思ったからですが、この本はそんな疑問をはるかに超えた場所へ連れていってくれました。

菜食主義、そして完全菜食主義という言葉が広く知られています。特に後者はヴィーガニズムとして、その信条を実践する人を指すヴィーガンと共によく聞くようになりました。

では、そうではない人たちを指す言葉は何か。ベジタリアンでもヴィーガンでもない「普通の人」ではなく、肉食主義者です。

日常的に動物の肉を食す。これはなんとも呼ばれないほどに普通のことではないと気付くところからが始まりです。読み進めれば読み進めるほど、それが当たり前のことにされた仕組みが露わになっていき、以前と同じように肉を食べるのは当然のことだと思えなくなります。目から鱗が落ちるとはこのことでしょうか。読む前と後とでこんなに変化を感じる本は今までなかなかありませんでした。

 

クレア・マセット『英国の喫茶文化』

17世紀、海を渡って英国にもたらされた茶。それから今日に至るまで、時にカジュアルに時に高級感たっぷりに嗜まれ続けているその歴史を追いかけていく本です。輸入量の増加→需要の高まり→輸入量の増加……というサイクル、上流階級から幅広い層へ喫茶の習慣が広まっていく様、次から次に紹介される茶を楽しむための様々な道具や施設などなど。これらを読むことで、「お茶といえばイギリス」のイメージがより具体的になりました。

2022年12月に読んだ本

アリソン・マシューズ・デーヴィッド『死を招くファッション 衣服とテクノロジー危険な関係

 

衣服を買うとき、何を基準に商品を選ぶか。様々な答えが出てくると思いますが、それを改めて考えさせられる一冊です。本書で紹介されるエピソードの中には現代ではおよそ考えられないものもありますが、決して過去のことにはなりきっていない衣服の危険性が私たちの身近にはまだまだあることが分かります。読み終わったあと、ついワードローブをチェックしたくなる本でした。

 

2022年11月に読んだ本

渡邊拓也『ドラッグの誕生 一九世紀フランスの〈犯罪・病・狂気〉』

 

小野不由美『鬼談百景』

……そんなわけで、半分以上読んでから限界を迎えました。一ページから数ページで収まる短い怪談を九十九話収録した本。小野さんの淡々とした読みやすい文章を堪能できる一方、そんな文章だからこそ滲み出る恐怖が徐々に心に広がってきます。怖いです。『残穢』も読もうと思っていましたが無理かも。明るい話と交互に読むべきでした。

 

グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』

2022年10月に読んだ本

吉本隆明『定本 言語にとって美とはなにか』Ⅰ・Ⅱ

大学で受講した日本近代文学の授業で、先生がおすすめしていたので読みました。難しかった……。興味のあるテーマだったので読破しましたが、内容の理解度には自信がありません。それでもなるほどと納得できるところはちょっとだけありました。再読リスト入りの著作です。

 

キム・ハナ/ファン・ソヌ『女ふたり、暮らしています。』

誰かと一緒に暮らそう。そう考えたふたりが選んだのは、W²C⁴(女性ふたり猫四匹)からなる分子家族の形態。似ているところがたくさん見つかって意気投合したふたりは、違うところもたくさん見つけながら家族になります。決まった暮らし方にこだわらなくていい、誰かを尊重し誰かに尊重されることは素晴らしいと教えてくれる本書は、この頃まさに人との生き方を考える機会が増えた私に貴重な学びを与えてくれました。

 

ロミ『自殺の歴史』

命令されて毒薬を呷ったり、主君や配偶者の死に従ったり、恋に破れて苦しんだ挙句に死を選んだり。フランスでの事例を中心に、あらゆる「自身で命を絶つ行為」のエピソードが次から次へと語られます。テーマは重苦しく思えますが、うっかりミスで失敗した例も紹介されていたり、筆者の皮肉やユーモアの混ざる文章のおかげで読み進められました。

 

奈倉有里『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアへ行く』

敬愛する恩師との交流、多彩なバックグラウンドを持つ学友たちとの出会い、ほとばしる知的好奇心に突き動かされた青春の記録。留学生の立場からかいま見た国家や国家間の闇を描いたもの。文学とは何のためにあるかを探るエッセイ。

これほどに多くの面があり、どの面から見ても完成度の高い本にはなかなか出会えません。瑞々しい学問の日々を追っていたと思えば、そこに重くのしかかる強権的な国家の黒い面影が見え隠れします。そこから導き出される、文学の大切な役割とは。学びへの旺盛な意欲と豊かな感受性を持つ人でなければ書けない一冊でした。

2022年9月に読んだ本

ジャネット・スケスリン・チャールズ『あの図書館の彼女たち』

1939年のパリ。二十歳のオディールはアメリカ図書館で司書の職を得て、愛する本に囲まれて働き始めます。一方、1983年のモンタナ州フロイドでは、13歳の少女リリーが謎めいた隣人オディールと友人になりました。故郷に帰らず、家族や友人からの手紙も受け取らず、一人で暮らすオディールの人生に何があったのか。物語を読み進めるうちにオディールが秘めていた友情、愛、そして勇敢さが明らかにされていきます。

主人公のオディールを初めとして、戦時下であっても図書館の役割を果たそうとする職員たちの姿に胸をつかれました。館長のミス・リーダーや理事のクララ・ド・シャンブラン伯爵夫人。ナチスがパリを占領しユダヤ人の図書館への出入りを禁じても、本を求める人々に応えて家まで本を届けに行くことにしました。小説を執筆中のコーエン教授は家から書物を没収されますが、彼女のためにいくつも本が提供されもしました。苦境にあっても本の力を信じる姿によって、まるで私まで励まされたような気分です。

 

W・H・マシューズ『迷宮と迷路の文化史』

きっかけは娘の素朴な疑問。「誰が最初に迷路を作ったの?」それに答えるべく、思想・宗教・文学・芸術の資料を渉猟し筆者は迷宮という表象の迷宮へ踏み入ります。調べ甲斐のありそうなテーマでとても面白く読めました。

 

ロバート・ソログッド『マーロー殺人クラブ』

ミステリを読み慣れた人なら、トリック自体はそう難しいものではないかもしれません。けれど主人公ジュディスが持つ明るさと不意に見せる暗さが彼女の過去への好奇心をかき立てます。それに、型通りの主婦と目立たないおばあちゃんたちが殺人事件を解決する物語の中心になっているというだけで私には読む価値がありました。

2022年8月に読んだ本

宇野重規『民主主義とは何か』

それがすっかり当たり前かのように思っていた民主主義について、起源から未来の展望までが語られた本です。歴史上の変遷をたどって、私たちの時代、そして将来の民主主義はどんな形のものになるかが考察されます。コロナ禍の最中に書かれた本であること、民主主義の揺らぎを実感させる事件が起きた後であることなどが相まって、非常に身近な話題を扱った本として読むことができました。

 

キャシィ・ウィリス、キャロリン・フライ『キューガーデンの植物誌』

昨秋に東京都庭園美術館で開催されたキューガーデン展に訪れてから、植物園への興味が強くなりました。初めはボタニカルアートがなんとなく好きだなあという程度だったのが、今ではその活動内容にも関心があります。この本はその好奇心をたっぷり満たしてくれました。

後半の章では人間が植物と生態系に与える影響の深刻さが詳しく記述されており、環境問題は他人事ではないなと思わせられました。今すぐ役に立つ研究ができるわけでもないのですが、せめて当事者意識を持っていようと思います。

 

コンラート・ローレンツ『ソロモンの指環 動物行動学入門』

コクマルガラスたちの恋模様、夫婦それぞれ飼っていた犬たちの忠誠心の違い、飼うのに適した動物と適さない動物。動物たちに親しみ、観察や実験を繰り返し、何より彼らを愛した著者がユーモアたっぷりに動物の行動を語ります。文章はもちろんイラストが可愛らしく、楽しく読むことができました。

 

森茉莉『父と私 恋愛のようなもの』

お茉莉は上等、お茉莉は上等」

愛娘を膝にのせ、背中を優しく叩きながらそう繰り返す鴎外の姿がありありと目に浮かんできます。愛情と包容力ある父との思い出を振り返るエッセイ集は、微笑ましさと切なさの混じる温かいものでした。森茉莉の著作は初めて読みましたが、好きなタイプの文章だったので他の作品も読んでみます。

 

レベッカ・パクストン+リサ・ホワイティング編『哲学の女王たち もうひとつの思想史入門』

大学で受講した西洋哲学史の教員は女性でした。彼女は哲学を研究する上で女性差別に直面し、フェミニズムへの見方が変わったという話をしてくれました。哲学は男性のものであり女性にはできないという感覚はかなり古く、根深いようです。

夫やパートナーの陰に隠されてしまったり、男性優位社会によってその業績が無視されてきたり、ステレオタイプに落とし込まれて偏った評価しかされてこなかったり。今こそこの状況を変えるべきとして、この本ではそういった女性の哲学者たちを紹介しています。特に驚いたのは、「ソクラテスの問答法」をソクラテスに教えたのはディオティマという古代ギリシャの女性哲学者であることが考えられる、ということ。ディオティマは架空の人物だとの説もありますが、もしもこの人物が女性ではなく男性だったら、「ソクラテスの問答法」は本当に「ソクラテスの問答法」という名前だったのか……?と考えてしまいます。過去の哲学者への評価にも女性差別的な態度がないかと問うのも、この本の持つ大切な意義です。

昔も今も、見過ごされている才能がどれだけあるのか。そうした才能をしっかり光に当てるにはどうしたらいいか。『哲学の女王たち』はその答えに近づかせてくれます。

 

アビゲイル・タッカー『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』

なぜこんなにも世界はネコであふれているのか。歴史、生物行動学、遺伝学、インターネットに関する研究などなどを通して、著者が答えを探しに行きます。私たちとネコとの間にある深い関係性と驚くべき事実に、ネコの奥深さを強く感じました。

 

ジェイン・レズリー・コンリー『ほとばしる夏』

始まりは父がいなくなったこと。都会への引っ越しを決めた母にシャーナはなす術もなくついていきますが、居心地の悪さに夏の間は森の中の小屋で過ごすことになります。家族そろった暮らしを恋しく思いながらも両親の離別は進み、シャーナ自身も都会の学校に通うことで広がる可能性に魅力を感じるようになります。さらに、シャーナと弟のコーディーは森の中で森林管理官を名乗る老人に出会いますが、彼との交流が二人を大きく成長させることになるのでした。

初めて読んだときは、あまり馴染みのない森や川の描写、命懸けの川下りの迫力に胸が躍りました。今回読んでみたら、シャーナの都会の高校の選択肢の広さに惹かれる気持ちやシャーナの母の葛藤に胸が締めつけられるようでした。夢や可能性を選ぶなら、家族と過ごすときを諦めなければならない。今まであまり注目してこなかった父親の心情もなんとなく分かります。それにしたって黙っていなくなるのはあんまりだと思いますが……。

同じ本を繰り返し読むことの醍醐味は、自分の変化に気づけることです。漠然と日々を重ねているようでいて、私の感じ方や考え方、視野や着眼点はしっかり変わっていることを実感しました。経験はきちんと刻み込まれるということかもしれません。

 

エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』

間抜けなもの、奇妙なものはもちろんですが、いちばん強烈なのはやはり残酷なものでした。動物たちの扱いが時代によってこれほど変わるとは。知ってはいたけれど、こうして実例を次々紹介されると驚きます。猫は特に魔女との関わりがあるということで、残酷さを楽しむだけでは留まらない”遊び”の対象にされていました。もし猫に生まれ変わっても、中世ヨーロッパで暮らしたくはないです。

面白かったのは「ナイアガラの滝下り(樽に入ってナイアガラの滝を下る)」「電話ボックス詰め込み競争(電話ボックスや自動車に何人入れるか競う)」でした。

 

鹿島茂パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢』

直感で手に取ったら、思った以上に面白かったという当たりの一冊です。万博開催の裏で産業に対する宗教的な感覚が働いていたとは思わず、とても新鮮な気持ちで読めました。こんなに熱いドラマが繰り広げられていたとは。

2022年7月に読んだ本

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』

目を惹くのは伏線の見事さです。ある人物がしたことが思いがけない方向で別の人物の運命を動かしていく様は見ていてまったく飽きません。主人公のルドヴィカは30年間マンションの最上階に閉じこもって暮らしますが、彼女の行動が誰にも影響を与えないということはありませんでした。文章も読みやすくさくさく先へ進むことができます。

なお、やや詳細な性暴力の描写があるので注意が必要でした。

スティーヴン・キング『死の舞踏 恐怖についての10章』

ホラーは苦手だしキングの作品は一冊も読んだことがありません。でも読んじゃった。タイトルに惹かれてその勢いで読みました。ホラーの本質に迫る部分もあり面白かったです。

アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』

森で一人暮らすレーメットは、自らの過去を語り出す。その昔民族を守護した生き物サラマンドルに憧れた幼年時代、人の友や蛇の友と遊び明かした青春、森と隣り合いながらも異世界同然の村の暮らしに惹かれたり嫌悪したり。そして森からは一人また一人といなくなっていく。

敬愛され人と共存していた蛇、女好きで浮気性のクマたち、伝説を盲目的に信じる賢者など個性的な世界が繰り広げられます。なんといっても、古代の文化をわずかでも残している森での暮らしとキリスト教に目覚め文明化しようとしている村の暮らしとの対比が鮮やかです。物語の終盤、レーメットと仲良くなったり愛し合ったりした人や動物が次々退場していくのでなんとも悲しい気持ちになりました。

あまりネタバレをしたくないので多くは語れないのですが、誰か読んで感想を交換してほしい。

スーザン・グルーム『図説 英国王室の食卓史』

王様ってなにを食べているんだろう?そんな素朴な疑問を一気に解消してくれる本です。王族の人柄や時代の流れに影響される食事の歴史が見事に紐解かれています。食事の内容そのものだけでなく、宮殿で腕を振るった料理人たちの仕事ぶりや調理設備、食事にまつわる王族たちのエピソードなども盛り込まれていてとても面白かったです。お腹が空いているときに読むと大変なことになります。

E・H・シェパード『思い出のスケッチブック 『クマのプーさん』挿絵画家が描くヴィクトリア朝ロンドン』

 

嬉しいこと悲しいこと、楽しみなこと憂鬱なこと。そのすべてを心が全力で感じ取っていて、子供のころって感受性が豊かだったな……と、この本を読んで思い出しました。もうあの頃みたいなものの感じ方はできないなあ。
この本の魅力は挿絵にもあります。シェパード、恐ろしく絵が上手い。彼が見たもの、彼や彼の家族たちの姿が生き生きと再現されていて、文章と一緒に彼の幼年時代をありありと思い描かせてくれました。ヴィクトリア朝上流階級の生活を窺い知るにもいい本かもしれません。

ボエル・ヴェスティン『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』

ムーミンシリーズで知られる北欧の芸術家トーベ・ヤンソンの人生をたどった本。生まれたときから芸術に親しみ、最期まで愛したいものや人を愛し続けたトーベの一生が生き生きと書かれています。学校での生活と自分がしたいこととで葛藤した学生時代、ムーミントロールを描くことで心の平安を保った戦時中、ムーミンの成功と画家としてのアイデンティティの揺らぎに悩まされるその後の数十年。かなりの厚みで読み終わるのに時間がかかりましたが、濃厚で忘れられない読書になりました。

イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』

2021年8月6日、小田急線の車両内で刺傷事件を起こした男は女性に殺意を抱いていたと供述しました。このニュースを聞いた日から、私は日々過ごすことに(それまでよりもいっそう)危険を感じるようになりました。電車に乗っていたら殺されかけるかもしれない。女性で、幸せそうに見えたというただそれだけの理由で。それでも私は電車に乗らないといけませんでした。自分の日常をこなすために。

どこかで知らない女性が何かの被害に遭ったという知らせを聞く、ただそれだけで自分の身が脅かされはしないかと怯えてしまう。そういったことをまったく経験しない、そういう経験を何度も繰り返す女性がいると考えもしない、そんな男性たちもいる。そしてそんな男性たちから無邪気に、時には明らかな悪意でもって傷つけられる。どれもこれも私には馴染みがあります。ありすぎて泣けてきます。だからこの本を手に取りました。私はたった一人で苦しんでいるわけでもないし、何もできないわけではないと感じさせてくれるから。

この本を読むことで、女性嫌悪フェミニズムも国による違いはないのだと気がつきました。同じことが、違う場所で、時代を通じてずっと起こっているだけ。だから本を書き、それを読むことで連帯できるわけです。この本を読んだ私は、読む前よりも、”口を開いたフェミニスト”に一歩近づくことができました。